ウメハラ本「勝ち続ける意志力」より

ゲームの世界で有名なウメハラが本を書いてました。
読んでみると妙に納得したところがあったので抜粋します。

戦術に特許は無い(74ページ)より

すべての可能性をを試していくような取り組みで戦術を模索していると、ときにアッと驚くような発見に繋がることがある。操っているキャラクターの強さを引き上げる、『ウメハラ流の奥義』とでも言えばいいだろうか。とはいえ、その『奥義』に固執することはない。

追求の過程で何に目をつけているか標榜するつもりはないし、見つけ出した戦い方をわざわざ公表するようなこともしない。もちろん、隠しもしないから、見る人が見れば即座に気づく代物だ。僕としては、「みなさん、どうぞ好きに使ってください」という意識だ。
だけど、「みんなが覚えた頃、僕はそのやり方は使ってないけどね」とは思う。

ゲームのやり方に正解を見いだしたことは一度もない。それは例えば、芸術作品でも同じだと思う。大勢の人が「これは素晴らしい」と感じる芸術作品があったとしても、人々の価値観は時代とともに変わっていく。その価値が下がることはないかもしれないが、たったひとつの正解というわけでもない。当然美意識は人それぞれだ。

流行もあるだろう。だが、流行の先に待つのは決まって、流行する以前以上の退廃だ。一過性のものは、異常な速さと規模で流布され、結果手に来飽きられて捨てられる。「これが俺の戦い方だ」といって固執していると、流行りがおわったり、その戦い方が通用しなくなったりしたとき、大きな壁にぶつかってしまう。だから戦術や戦略も常に変化、進化させる必要がある。

昨日よりも今日。どんどん新鮮なものを取り入れて、古いものを次々と刷新するべきだ。自分を高めるということは、何かを編み出したり、経験を積んだりすることで、自分の引き出しをいっぱいにすることではない。より新しく、かつ良いものを生み出し続ける姿勢こそが、遥かに大事なことではないだろうか。

戦術に特許は無い。考えだした人間以外は使ってはいけない、なんてルールは無い。誰もが自由に真似をしていいし、自分のアレンジを加えていい。以前は苦労して編み出した戦術を真似されたことで、「何のためにやってきたのか」と悔しく思ったこともある。しかし、必死に見つけ出した戦術、いわゆる特許のような戦術は自分だけのものではないと早い段階で納得した。

ならば、自分だけのもので、永遠に自分を勝ち続けさせてくれるものとは何か?それは新しい戦術(特許)を生み出す努力であり、発見に必要なノウハウだ。そのことに気づいてからは、真似されても何とも思わなくなった。生み出した特許よりも、新しい特許を生み出す方の力の方が遥かに重要なのだ。

~中略~

だいたいの人は苦労して生み出したものに固執し、浸ってしまう。「これでしばらく大丈夫だ」と安心してしまう。それがひとつの弱みとなってしまうだろう。そして、いずれは貯金を食いつぶすことになる。人間というのは、誰もが生み出されたものに対応する力は優れている。だから先頭に立つ者は常に新しいものを生み出し続ける必要がある。そうしないと大勢の競争相手に飲み込まれて、トップではいられなくなってしまう。

思ったこと

自分が仕事をしているプログラムの世界でも同じことで、
すでにある程度できる言語があって、「それを使えば大抵の事ができるから」
という理由をつけて新しい言語の習得を怠っていてはいけない。
そんなことを言ってると10年後の現場では老害になってるかもしれない。

でも新しい言語を独学で習得するのはとても難しい。
「できない。わからない。教えてほしい。」というのが正直なところで・・・。

どんな方法で言語を習得してもいいが、本当に大事なところは、
言語を習得するということよりも、新しい言語を習得するにあたって、
自分にとって最適な方法を発見するということなんだろうな。
このノウハウがわかれば、ずっと現場で仕事ができそう。

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